「純粋」というのは他者から非常に好かれやすい性質なのですが、では純粋な人とは一体どのような人のことを言うのか、と聞かれるとはっきり答えられない人は多いのではないでしょうか。

ここではそんな純粋無垢な人について、その意味や心理・特徴をできるだけわかりやすく解説していきたいと思います。

 

純粋無垢な人の意味と心理の特徴

純粋な人とは、要するに自分の本心に対して素直、つまり正直な人という意味です。

これは一見すると当たり前のように思えますが、意外と奥の深い話であったりします。

例えば、同じ純粋でも、もともと荒んだ心の人もいればきれいな心の人もいます。

もともと荒んだ心の例を出すと、非常にわかりやすいのは犯罪者です。

犯罪者は素直に自分の本心を曝け出しているので、これはこれで純粋と言えます。

多くの人は、たとえブチキレてやりたいと思ってもそれをやったら自分が大変なことになるということで行動を慎みます。これは純粋ではありませんね。

また、ボランティアを一生懸命やっていても「周りから立派な人に見られたい」という気持ちが動機なのであれば、これも純粋ではないと言えるでしょう。

純粋とは、裏表のないこと。

キレたいならキレる、ボランティアをしてるならただ相手の力になりたい、と本心に忠実なこと、あるいは本来の目的そのままの気持ちを抱いていることが純粋です。

また別の例としては、純粋な人は自分の本心と違うことをしようとすると顔に出ます。

ですから嘘を付くのが苦手であったり、不満があると嫌な顔をしてしまいます。

ただし、悪の純粋の場合だと罪悪感が全くないので、躊躇もなく人を騙せるためむしろ逆に得意で、詐欺師の才能があります。それが本心だからです。

 

「子供は純粋」とよく言われますが、実際に子供は自分の本心を表に出します。

だからときに残酷なこともしますが、それは子供が純粋が故なのです。

動物もそうですが、悪でも善でも純粋であることを問題だと思ってなければ、全て曝け出します。

 

純粋無垢な人は子供な大人で騙され易い?

無垢というのは、汚れがなく純真なことを指します。

つまり、純粋な人の中で清らかな心を備えた人のみが純粋無垢な人に当たります。

純粋無垢だと騙されやすいと言われたりしますが、これは何故かと言うと自分が純粋なので相手も純粋だと思っているからです。

特に子供は社会を知らないので、言われたことをそのまま鵜呑みにします。

ですが通常は人生の中で何回か騙されると、人が自分のように純粋ではなく、感情や考えを裏に隠していることに気付くので、警戒心を持つようになります。

では純粋無垢な人が騙されやすいかというと、多くはむしろ非常に聡明で、逆に見破る力は非常に素晴らしいものを持っています。

なぜなら、逆に自分が純粋であるからこそ、嘘をついていたり本心でない相手の顔や態度に敏感だからです。

ですから若い時期こそ騙されることも多いかも知れませんが、大人になって少しすれば人を見る目のある徳の高い人物になっていきます。

 

純粋な人は魅力がある

これは非常に重要なことですが、裏表がない人ほど、人を惹き付ける魅力があります。

それが善であっても、悪であってもです。

裏表がないということは、要するに迷いがないということだからです。

たとえば純粋でない普通の人だと、仮面を被って都合よく振舞っても、心の深い所ではそんな自分に対して迷いを抱いています。「これは本当の自分ではないのに」といった具合です。

純粋な人は自分の考えに対して絶対的な信念を持っていて、それを貫くことができます。

独裁者になる人でもカリスマがいますが、それは自分の考えに対して全く疑いを抱いていないからです。

カリスマとして大切なのは、「自分にどれだけ正直であるか」「信念に疑いがないか」です。

つまり、ありのままの自分ということですね。

「子供のような大人」とも言えます。

 

例えばものすごい善人であっても、それがもしただ相手から良く思われたいとか見返りが欲しいとか、そういう気持ちばかりが先行していたとしたら。

つまり、卑しい下心が原動力となっていたとしたら。

それだったら、多少気の効かないところがあっても、純粋なある程度の善人の方が良いと思わないでしょうか。

実際、明らかにそちらの方が好かれます。

人間というのは自分自身は裏表があるのに、他人の本心には敏感なのです。

本心を偽ろうとする人間を嫌うのです。

 

純粋無垢な人になるための努力とは

根っからの悪であれば同じように根が悪の人に好かれます。

逆に、根が善な人というのは、多くの人にとっては憧れです。

だからこそ、圧倒的に魅力ですし、好かれやすいのです。

しかし別に、100%善、つまり純粋無垢になる必要は全くありません。

これは限りなく難しいことだからです。それに意識すると逆に下心が過るので、そういう意味でも良くありません。

 

まずは、深く考えず自然に純粋になることを目指す。

何が自分を純粋な気持ちから妨げているかと言えば結局は恐怖です。

純粋になるためには、覚悟が必要です。

自分の内側をさらけ出した結果、それを受け入れるという覚悟。

しかしながら、悪を曝け出して悪の道へ進みたいと思ってる人はほとんどいないでしょう。

だからこそ、多くの人は善を演じているわけですから。

ですからもし自分の本心が悪であると感じているのであれば、あなたがまずすべきは純粋になることではなく悪を緩和し、善を培うことであるでしょう。

つまり、純粋になるのと同時に、悪の本心を消していくのです。

 

悪の本心の源を改善する

ですが悪の本心の源を消したいと思っている人は、その時点でもう十分に善の心も備えていると言えます。

ですから、努力を継続しさえすればどんどんきれいな心になっていくので安心してください。

そのためにすることとしてよく言われるのは、愚痴を言わないとか、悪口を言わない、代わりに綺麗な言葉、感謝の言葉を口にする等です。

ただ、結局それでも本心の悪というのは当然根が深いので、なかなか消えない場合があります。

それでも何年掛かってでもやる、という気位も非常に重要なのですが、やはり大切なのは強引にならないことです。

頑固な人は何をやるにしても強引になってしまうのですが、それが故になかなか自分を変えられないのです。

ゆったりとした気持ちが必要。

その実現のために、まず心を落ち着かせること。

そのために、今自分がこだわっていることをやめてみるのは一つの手です。

断捨離なども非常に効果的です。

ともかく、気長に長い目で見ながら、なるべく意識することなく努力を続けていくようにしてください。